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岡山地方裁判所津山支部 昭和55年(た)1号 決定 1980年3月25日

主文

本件再審の請求はこれを棄却する。

理由

(再審請求の趣旨および理由)

請求人の請求の趣旨および理由は、再審請求書および意見書に記載されているので、それをここに引用するが、その要旨は次のとおりである。

1  請求人は、昭和四七年五月三一日岡山地方裁判所津山支部で、業務上過失傷害罪により禁錮八月、刑執行猶予三年間に処する旨の判決を受け、右判決は同年六月一五日確定した。

2  しかし、右業務上過失傷害と認定された事件は、実は、請求人と被害者たる河本有二、同秦仲三、同関敬次郎の四名が共謀して保険金詐欺のため故意に敢行した交通事故であつた。すなわち、請求人と右河本ら三名は共謀のうえ、故意に請求人運転の自動車を河本運転の自動車に追突させ、これを請求人の過失により生じた交通事故であるかのように、かつ、右追突による右河本らの傷害が軽微で長期間加療の必要がないのにこれあるもののように装つて長期間入院加療を受け、保険金(入院給付金)を騙取したものである。右行為につき、請求人および被害者とされていた右河本らは詐欺罪として昭和五四年一月一六日富山地方裁判所においてそれぞれ有罪の判決を受けた。

3  したがつて、請求人の右河本ら三名に対する業務上過失傷害罪は成立しない。また、右河本らは右追突によつて受傷しなかつたと認むべきであるが、かりに受傷したとしても極めて軽微であるから被害者の同意がある以上傷害罪も成立しない。

4  なお、原判決罪となるべき事実中の被害者〓郷哲雄に対する傷害については、同人は前記保険金詐欺とは無関係の者であるが、請求人において傷害を負わせる意志がなかつた(右〓郷運転の自動車に追突する意志はなかつた)のであるから単なる過失傷害というべきであり、これについては告訴がないから公訴棄却すべきものである。かりに〓郷に対する傷害罪が成立するとしても、再審においては不利益変更が禁止されており、原判決より罪責を増大させる方向での訴因の追加変更は許されないのであるから、その余の被害者に対する業務上過失傷害が無罪となる以上明らかに被告人に有利となり再審請求の理由も利益もある。なお、科刑上一罪は実体法上数罪であり、その一部について無罪を認定すべき事由が認められる場合は再審請求の理由があると解すべきであり、とくに本件のごとく最も重い罪として処断された秦仲三に対する行為に再審事由があるのであるから、本件再審請求の理由があることは明白である。

5  以上のとおり、原判決につき、請求人に対し無罪または原判決において認めた罪より軽い罪を認むべき事由があり、これは、前記富山地方裁判所の有罪判決書、そこに証拠として掲げられている請求人、秦仲三、河本有二、関敬次郎の検察官および司法警察員に対する各供述調書によつて明らかに証明することができる。

6  刑事訴訟法四三五条六号にいう「証拠をあらたに発見した」ときとは、裁判所に対する関係でいうのであり、本件のように請求人が原判決当時知つていたとしても、実体的真実発見主義を基本原理としている現行刑事訴訟法に鑑み、無実の者に刑罰が科せられるのを放置するのは正義に反するから、本件のごとき場合でも証拠の新規性ありというべきである。

(当裁判所の判断)

一  一件記録によれば、請求人は、昭和四七年五月三一日岡山地方裁判所津山支部において、業務上過失傷害罪により禁錮八月、刑執行猶予三年間に処せられ、右判決は同年六月一五日に確定したことが明らかである。

二  そこでまず、請求人挙示の各証拠が刑事訴訟法四三五条六号所定の無罪または原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠であるか否かについて判断する。

原判決の罪となるべき事実は、請求人が普通自動車を運転して交通信号の設置してある交差点に差しかかつた際、過失により、自車を信号待ちのため一時停止していた〓郷哲雄運転の軽四輪乗用自動車後部に追突させ、同車をその前に停車していた河本有二運転の普通貨物自動車後部に追突させ、その結果、右〓郷、河本および河本の車に同乗していた秦仲三、関敬次郎に対し傷害を負わせた、というのであるが、前記各証拠によれば、右交通事故は、請求人が右河本、秦、関と共謀して保険金めあてに故意に起したものであり、その態様は、請求人が自車を信号待ちしていた〓郷運転の車に故意に追突させ、同車を前方に押し出して河本運転、秦、関同乗の車に追突させたもので(請求人の挙示する最高裁判所昭和五四年(あ)第一九三四号詐欺被告事件記録中の第一審第七回公判における請求人に対する証人尋問調書、同第八回公判および公判準備における同人に対する証人尋問調書中右認定にそわない供述部分は措信できない)、その結果、〓郷ら四名に傷害を負わせたのであるが、河本、秦、関の傷害の程度は、原判決認定よりも軽微であつた(長期間入院加療を要しない)ことが明らかに認められる。

してみると、請求人の河本、秦、関に対する傷害は被害者の承諾にもとづく行為であるから違法性が阻却されると解する余地があるにしても、〓郷に対しては傷害罪が成立するのであるから、請求人挙示の各証拠をもつて、請求人につき、無罪または原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠があるということはできない。請求人は、科刑上一罪の一部(とくに最も重い罪として処断された行為)について無罪を認定すべき事由が認められる場合には、再審請求の理由ありと解すべき旨主張するが、右の理論は、なるほど科刑上一罪の一部に無罪と認むべき事由はあるが、同時に、他の一部につき、最も重い罪として処断された行為よりも法定刑の重い犯罪の成立を認むべき本件のような事案には適用されないと解すべきである。

三  なお、刑事訴訟法四三五条六号にいう「証拠をあらたに発見した」ときとは、その証拠が原判決の宣告以前から存続するものと、宣告後に存在するに至つたものとを問わないが、その新規性は裁判所に対する関係のみならず、請求人にとつてもまたあらたに発見されたものでなければならない。請求人指摘の判例は、上訴審において、再審事由のあることが主張され、原判決の当否が審査された事案であるから、その理論が、本件のように、再審によつてすでに確定した有罪判決の効力をくつがえす場合にもそのままあてはまるとは解しがたい。してみると、請求人は、原判決当時、前記交通事故を故意に惹起した事実を秘し、ことさらその証拠を提出しなかつたのであるから証拠の新規性もまた認められない。

四  よつて、本件再審の請求はその理由がないものと認め、刑事訴訟法四四七条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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